sora-0812の日記

わたし、捨て子なんです(^^;)

わたしの生い立ち⑤

別れ

 

今思い出せば、

小学校一年生~四年生まで、

たった3年間

わたしの父になってくれた人。

 

 

顔は、うっすらだけど、覚えています。

ジャッキーチェンに似てたかな。

父も意識して、映画に連れてってくれたり、ヌンチャク買ったりしてたなぁ、

 

 

前の記事にも書いたけど、

母のように、

わたしを叩いたり、虐めたりすることはなかった。

いつも、こっそり助けてくれてた。

 

でも、母の方が強すぎるから。

父は小さくなってた。

 

 

二人で居酒屋をするようになり、

母は昼間は、病院に働き、夜はお店で働いていた。

父も同じように、昼間は調理師として他のお店で働き、夜は自分のお店で働いていた。

 

 

でも、父が昼間の仕事を辞めたようで、

自分のお店を、昼間もランチ営業することにした。

 

母は、これには反対だったみたいで、喧嘩が絶えなくなってた。

言い合いではなく、一方的に父が怒られている感じだったが…

 

わたしは、父が可哀想で仕方なかった。

怒られている姿、

わたしと同じだったから。

 

でも、助けることはできず、

心を痛めるしかなかった。

 

母は、苛々をわたしにもぶつけた。

この頃、家にほとんど帰って来なくなった。

 

夜は、いつもひとりぼっち。

 

学校から帰ると、

2DKのマンションの、食卓の机には、冷めたおかずが一品だけ置いてあった。

 

それを食べて、テレビを見て

時間がきたら一人で寝る。

 

朝、起きると

誰もいない。

 

誰かが帰って来ている形跡はあったけど、

朝方に着替えに帰ってきただけだと思う。

 

こんな日が、半年くらい続いていた。

 

夜は怒られて、外に放り出されることはなくなったのは、よかったけど、

孤独

 

寂しかった、

 

他のおうちの子供が羨ましかった、

 

 

そんなある日、

 

学校から帰ると、父の荷物がすべてなくなっていた。

 

それに、タンスも、冷蔵庫も、

 

わたしは、何が起こってるのかわからず、立ち尽くした。

 

ガランとした部屋に座布団が、1枚だけ残っていた。

その座布団を、胸に抱いて大泣きした。

 

 

どれくらい時間が経ったかわからないが、

一人でどうすることもできず、

 

 

学校の担任の先生のところに、走って行った。

先生が、家まで一緒に来てくれた。

 

そして、一緒に泣いてくれてた。

なぜ、泣いてくれたか、覚えていない。

でも、その女性の担任の先生は、わたしの家のことを以前から気にかけてくれてたんだと思う。

学校では、厳しく怖い先生だったけど、心が温かい人だったんだと、今は思う。

わたしを助けようとしてくれた唯一の先生だったと思う。

 

 

この後、先生は、母へ連絡してくれたと思う。

母が、飛んで帰ってきた。

 

そして、先生に対してすごく怒ってた、

『人の家庭の中まで、首を突っ込むなんて、非常識じゃないんですか、』

と怒鳴っていた。

 

その後のことは、覚えていない、

たぶん、わたしは辛すぎて、記憶を消したのだと思う。

 

 

その先生は、その後、

学校からいなくなった。

 

 

母が怖い